目下、マドリッド五輪のオランダ戦が中断中なので、リスタートを待ちつつ『キャプテン翼』における日本対オランダのこれまでを振り返ってみました。

最初の対戦は、ユース時代。日本でのフレンドリーマッチ3連戦で、『キャプテン翼<ワールドユース特別編> 最強の敵!オランダユース』と題して描かれました。

1993年の春、Jリーグ開幕を控えた時期の短期集中連載は、衝撃的なものでした。それは、大空翼を欠き、日向小次郎が負傷で出られず、岬太郎がスランプだったとはいえ、日本が0対6、0対7とやられたい放題で惨敗したためではなく、キャラクターの体格が中学生時代より一回りも二回りも小さくなっていたことです。加えて顔も幼くなっていました。

久しぶりにがっつり翼たちを描いたからか、あるいは当時、『CHIBI―チビ―』という小柄な少年を主人公にしたボクシングマンガを描いていた影響なのか、はたまたオランダが日本より「大人の体格」を備えていることを表すためだったのか。理由は定かではありませんが、とにもかくにも驚きでした。

翼がブラジルから緊急帰国して合流した国立競技場での第3戦は、それまでの鬱憤を晴らす試合になりました。後半途中でDFのレオン・ディックとGKハンス・ドールマンが激突して負傷交代したこともあり、10対1の大勝。出場した日本のメンバーがそれぞれの必殺シュートを繰り出し、後半だけで9ゴールを奪ったのです。およそ5分に1点のペースです。

その次の対戦は『ワールドユース編』で行われた、日本開催のワールドユース(現U-20ワールドカップ)準決勝でした。ところがこのガチンコ勝負は、見開き2ページで終わってしまいました。消化試合のイタリア戦より雑な扱いです。

試合はおそらく雑誌『週刊サッカージャンプ』の記事の形で結果がまとめられ、決勝点となった翼の「スカイダイブシュート炸裂」のシーンが大きく描かれています。延長後半まで続いた死闘の詳細はわからぬまま、フレンドリーマッチに帯同しなかったブライアン・クライフォートのプレーもわからぬまま物語は進んでいきました。

クライフォートについては、フル代表同士の対戦として特別編の『ROAD TO 2002 Final Countdown』で少しだけ描かれましたが、『ワールドユース編』でクライフォートとの真剣勝負が見られなかったことで、『ライジングサン』での公式戦が実現したとも言えそうです。そこまでの長期的ビジョンを当時から持っていたとすれば、おそるべし高橋陽一先生ということになります。本当のところはどうだったのでしょうか。